2012年8月11日土曜日 0 コメント

pit北/区域にて



芝居を観てきた。

パラドックス定数の代表作とされる「東京裁判」。今回が再々演とのこと。

東京裁判の顛末について、私の知るところは本当に少ない。
加えて、いまだ公演中ということもあるので、内容について多くのことは語れない。

史上最悪の出来レース、などと呼ばれていたり、二度目の敗戦、などという人もいたり。
この裁判の結果は程度の差こそあれ、誰もが知っている。

史実を扱う作品は当然ながら、その誰もが知る結果を誰もが知っていると知った上でスタートさせるわけだけど、そこにかかるはずの大きなリスクを見事に味方に変えた、すばらしい作品だった。


私の感想ごとき、たいしたネタばれにもなるまいからひとつだけ書いてしまう。

感じたのは、「恥」の概念だった。

舞台上にいる弁護団の5人の、そして舞台上には登場しない28名のA級戦犯と言われた人物たちの心を占める、日本人特有の恥の概念。

たとえ勝負に勝ったとしても、世界中の人に許されたとしても、それぞれの中にある「恥」が消えるわけではないし、「恥を知る」ことを捨てられない。


厚顔無恥な現代の日本人(38歳パート主婦)としては、その姿にじりじりと焦れながら、じゃあ誇りってなんだろうと考える。

舞台のエンディングは、その答えを教えてくれたように思う。
決してハッピーエンドとは言えないけれど、不思議なすがすがしさがあった。


もう一度観たいがかなわないので、上演台本を購入。
我が家にあるパラドックス定数の台本は、これが2冊目(1冊目は夫が購入)である。


日曜日まで、やってるそうですよ。


2012年4月10日火曜日 0 コメント

ぼけとともに生きる



視界の片隅にぼけかけたオレンジが、遠慮がちに入ってきた。

絞ってジュースにしてみたが、ぼけかけたオレンジは著しく果汁感に欠けていて、まるまる2個使ってやっとグラス一杯分にしかならなかった。

そそいだ琉球グラスは台が欠けていて、捨てよう捨てようと思いつつかれこれ10年使い続けている。
オレンジ色の模様も、中身がオレンジジュースでは全くのカタナシである。

そんなトータル的にいまいちな、フレッシュではないフレッシュジュースを口に含む。

ぼけかけの果実特有の角のない甘みと、口に当たるグラスの適度な厚みが、意外なほど心地よかった。

2012年3月30日金曜日 0 コメント

みどりの日


 
昨夜初めて存在を知ったグリーンスムージーが今朝TVにも出ていたので、あり合わせの野菜と果物で作ってみたら

驚きの辛さに。

あまりに辛くて半分も飲めなかった。原因は不明。

朝食代わりにもなるというグリーンスムージーだが、なにしろ半分も飲めないさっちゃん状態で終わったので、普通に朝食を作ることに。

バジルのスパゲティとどっちにしようか迷って、結局グリーンカレーにすることにした。

久々のグリーンカレーは辛かったが、こちらはぜーんぶ食べられたんっだよっ。

満腹だね、おばちゃん。

2012年3月25日日曜日 0 コメント

クランブる日々


 
冷凍というのはまるで魔法で、何でもかんでも冷凍すれば半永久的にもつと思っている(大誤解)ので、我が家の冷凍庫の中身はいつまでたっても減っていかない。

先日のアップル・クランブルのクッキーそぼろ(クラムというらしい)も例によって大量に作り、魔法の箱にインしている。

ファストフード並みにお手軽に果物たっぷりの菓子が作れてよろしい。しばらくハマりそうである。

バナナ・リンゴ・ブルーベルー・クランベリー。
見境なしに皿に盛る。

完成を待つ間にこうしてブログを更新しちゃったりして、食べたら速攻歩きに出かけてカロリー消費、という算段である。


もちろん、サウナスーツはすでに装着済みである。


2012年3月23日金曜日 0 コメント

心躍る分量



通販の半額セールに惹かれて買った

アーモンドプードル1kg

ドライクランベリー1kg

送料無料までの値段合わせで
くるみ200g。

これをああしてこうして、と考えるだけでお腹いっぱい。

ちなみにクランベリーは膀胱炎に効果があるらしいが
別にそれを狙って買ったわけじゃないです。

2012年3月19日月曜日 0 コメント

たまには肉でなく粉で



アップル・クランブル。

という名前が思い出せず、
「りんご ほろほろ」
で検索したらあっさりヒット。

「新作の菓子が食いたい」
という夫の要望と

「冷蔵庫に陣取る瓶詰めりんごをそろそろ整理したい」
という私の願望がないまぜになった一品である。

フードプロセッサーでテキトーに混ぜた(ちょっと混ぜすぎたけど)クッキーそぼろをりんごにばらまいてオーブンに投入するだけの、鼻水出ちゃうくらいの簡単手順。そして美味。

クッキーそぼろはまとめて作って冷凍保存可。
出来立てアツアツを召し上がれ♪

だそうだ。

手間暇と味は比例するとは限らないと、こういうときいつも思う。


2012年2月21日火曜日 0 コメント

お勝手に勝手に その2



昨夜遅く、夫が2週間のカナダ公演から土産も持たずに帰宅。
そのショックにより(たぶん)今朝からグリコが久々に体調を崩し、病院へ。

断腸の思いで往復ともタクシーを利用し急ぎ自宅に戻り、一通りの看病をし、ひと心地ついたところで猛烈な空腹を覚え台所に立つと

見慣れぬバウバウがいた。

前任者のモリスエさんには昨年の大掃除の時に引退していただいたので、以来、我が家の瞬間湯沸かし器はステキに白く輝いていたのだ。

昨日までは。


あなた、そういうサプライズはいらないのでお土産下さい。グリコもそう言っています(たぶん)。


2012年2月8日水曜日 0 コメント

1/4の単純な感情



生まれた時から歩くのも走るのも大嫌い、と豪語しつつ38年生きてきたが、せめて歩くのは好きになろうというのが今年の目標であった。

ゴリなんとかいうアホな若者集団がめでたく警察に捕まったということで、重い腰をようやくあげ、石神井公園を歩くこと数日。
池の周りを2周。
ちょっと物足りないところでやめておくのが長続きのヒケツであると考える。
しかし今日は2周と4分の1歩いた。

4分の1地点を右に折れ駅方面に坂を上ったところにある、新しくできた鯛焼き屋が目的である。

安なんとかいう薩摩芋の餡がウリの鯛焼きは、4分の1周分の消費カロリーを大幅に上回ることは言うまでもない。がかまわない。

お店の人に
「サウナスーツの奥さんまた来たよ」
と陰口を言われるくらいの常連になると決めた。


2012年1月3日火曜日 0 コメント

キャベツの町から 2012



お前が石神井池に落としたのは緑のキャベツか
それともこの銀のキャベツか

と、照姫さまがお尋ねになるので

キャベツなんて落としていません。
こんな正直者の私に何かいただけるものはありますか?

と尋ね返すと照姫さまは
ガンバ!
と器械体操部風の応援の言葉を残して、お池に沈んでいかれましたとさ。


そんな妄想がとめどなくあふれてくる石神井農協キャベツの碑の前にて


明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。


2011年12月14日水曜日 0 コメント

卯年は終われど



来年のカレンダーである。

耳のところとかしっぽとか目の周りの隈取りとか、これを作った人はきっとうさぎの何たるかを熟知しているに違いない、素晴らしい出来である。
台座に貼り付けたカレンダーが本当に申し訳程度なところもまたいい。

私たち夫婦のうさバカ度合いを熟知する後輩がわざわざ買ってきてくれたのだが、夫は自分で頼んでおきながらそれをすっかり忘れてプレゼントだと思い込み、お金を払わず持ち帰り挙句の果てにはお前からお礼のメールを送っておけと私に命じた。


どこのジャイアンだ。



2011年11月29日火曜日 0 コメント

渋谷SPACE EDGEにて



芝居を観てきた。

男芝居は面白い作品が多いが、作り手側がその男臭さに酔いしれてしまうと目も当てられない。

「男同士ってサイコーだよな!」とがっちりスクラムを組むその腕の隙間から、その様をまわりの女子がどう見ているのかをこっそり伺っているような、そんな中学男子みたいなニキビ芝居にお金を払えるほど、アラフォー主婦のお財布に余裕はないのよ。

と思うことがたまにあるが、それはこのパラドックス定数の話ではない。

女性であることが信じられない(夫談)ほど男性の心理を巧みに紡ぎだす作家と、意識の高い俳優陣からは、自己陶酔などというものは毛ほども感じられない。陶酔するのはあくまで観客である。
正解だ、と思う。

涼しい顔をして、時折小ネタなどはさみながら開演前のアナウンスをする女性が作演出のその人だと知った時、たいそう驚いた。
死ぬほどの生みの苦しみとか、思い入れとか思い込みとか、そういったものをすっぱりどこかに置いてきて
「どうぞご笑覧下さい」みたいなテンションで平然と客前に立っていた。ように見えた。
ああ、これまた正解だ、と思った。


芸術において正解はない、ということはなく、正解がいっぱいあるだけだ。なんてことはよく言われるが、
この集団の導き出す正解は、かなり難易度の高い方のそれだと思う。


「赤い炎より青い炎の方が温度は高いんです」
と、昔理科の先生が言っていた。
なんでかは忘れた。ただ、文系の脳にはそのフレーズだけがずっと残っている。

顔を炙られてもその瞬間は火傷に気づかず、すべてが終わってから、火ぶくれした顔を見て愕然とするみたいな、青い炎のような作品であった。
2011年10月21日金曜日 0 コメント

いただきジュエリー



夫が劇団経理のマダムからいただいてきたコーヒー豆チョコ3種を、かに屋のリニューアルの時にいただいてきたミニおひつにざらっとインしてみたら、癒しカラーの宝石箱が出来上がった。

こうした著しく彩度の低い色調に癒しを覚えるなどというと、暗い人だと思われたり、精神的にちょっとキてるんじゃないかと思われたりするかしら。でもね。

おいしそうな色が好きなだけなの。

そういった意味では卵の黄色なんかでもいいし、アボカドの緑なんかでもいい。

でもやっぱり香ばしく焼けた菓子や肉を連想させる、茶系のお色が一番はまるのだ。

見ているだけで胃袋が温まる、それこそが癒しなのだ。
2011年9月27日火曜日 0 コメント

ぶだう



夫がぶどうを持って帰ってきた。
後輩からのおすそわけだという。

その後輩にお礼を言っておけという夫に、現在取り組んでいる岸田國士戯曲的やり取りを期待して

あなたこそちやんとお礼は云つたの?

と聞くと

言ったに決まってんじゃんばーか

という返事が返ってきた。


さういふ仰り様では台無しぢやありませんか、あなた。
2011年9月6日火曜日 0 コメント

シアターグリーンにて


芝居を観てきた。

座長自らが「有象無象」と称するところの、出自もキャリアも異なる種々雑多な出演者たち。
本当にいろんな人がいて、博物館に来たような感覚を覚えた。

こういう舞台において、芝居は調和だアンサンブルだなどとケチくさいことはきっと言っていられない。

雑多さの中で、演者それぞれのバックボーンがありありと透けて見える。
なんてスリリングな。
一度はこういう中に身を投じてみたいものだ、と、客席にいながらにして思った。

2011年9月4日日曜日 0 コメント

9月の自由研究


きょう、きんじょのスーパーでアイスクリームをかいました。

わたしはおとななので、「あ、アイスがたべたいな」とおもったらだれのことわりもいりません。

「じこせきにん」でレジのおばさんおねえさんにお金をわたすと、おねえさんが小さいコインをくれました。

ドライアイスが出てくる機かいにこのコインをいれると、ドライアイスが出てくるというしくみの、コインなのだそうです。

「ふおっ」という音がして、出てきたドライアイスと、「じこせきにん」でかったアイスクリームをふくろにいれて、いえにかえりました。

いえにかえるとすぐに、アイスクリームを冷とう庫にいれて、ドライアイスをカップにいれて、カップに水をいれて、けむりがぶくぶくいうさまを、じっくりとかんさつしました。

わたしはおとななので、カップはきちんとたいねつせいのパイレックスのカップにして、テーブルのごうばんがはがれないようにタオルもしきました。

でも、カップとタオルがくっついてしまって、むりやりはがしたらタオルの毛が、すこしむしれてしまいました。

わたしは「わたしはなんてツメがあまいんだろう」と、ほぞをかみました。



2011年8月31日水曜日 0 コメント

中野劇場HOPEとシアター2+1にて



今日までに観たお芝居2本。

その間、見逃してしまったお芝居が3本。

その間、折れた肋骨が1本、ないし2本(←不明)。

感想を書くのが追い付かないが、たいそう面白く、そして興味深かった。

2本ともに、相手をまっすぐ見据える、ど正直な俳優の姿があった。

2011年8月12日金曜日 0 コメント

そうだ、宝くじを買おう。


先週と先々週、芝居を観てきた。

今週も、これから観に行く。

来週も再来週もその次の週も、その気になれば観劇の予定が入る状態だが、義理を立てれば生活が立たず。悩ましいところである。

きっかけは義理でもなんでもよくて、要は面白くて刺激的な演劇が観られればすべてはご破算になるのであるが、破産は避けたいところだ。

ひきこもり俳優がお外に出ようキャンペーンを鋭意実行中の今日この頃、演劇関係の出費がにわかにかさみだした。

さしずめ、演ゲル係数といったところか。

2011年7月14日木曜日 0 コメント

渋谷ギャラリー・ルデコにて


芝居を観てきた。

なんでも作・演出は20代の女性らしい。
アラフォー女子の描く世界観にどっぷり2か月浸かった直後の観劇だったので、目がチカチカした。

生活能力・宣伝能力ともにほぼゼロだがとてもいい芝居をする俳優さんが客演をするということで観に行ったのだ。

終演後、彼の所属劇団の主宰は観に来たのかと聞くと

「これからです。憂鬱です」

「今まで客演先の芝居を全然ほめられたことがないんです。憂鬱です」

「芝居がつまんないと、平気で最前列で足を揉みだしたりするんで辛いんです」

「いっそのこと用事でもできてキャンセルしてくれればいいのにと思います」

と言いながら、乾いた笑顔を浮かべていた。


とはいえ、芝居作りは肉食なくせに人間関係は至って草食な彼にとって、帰る場所があることは必要不可欠で、そのことは本人が誰よりよくわかっているのだと思う。

ちょっと、うらやましいなと思う、今日この頃である。


2011年6月25日土曜日 0 コメント

俳優座劇場にて


芝居を観てきた。

立ち退き期限をとうに過ぎたとあるビルの、もと戦災孤児の住人達が次々と自分のこととある人のことを語る。

聞いてんか聞いてんかと言って語る。

この芝居のハードルの高さの所以は、その膨大なセリフの量ではなく、だれが見ても幸せとは言えない自分の出自を、いかにカラリと語れるかということに尽きると思った。

問われるのは、美意識だ。

涙と汗にまみれた人生も、ひとたび他人に語ろうとすればきっと、自分でも驚くくらいの乾いた音声が出るのではなかろうか。
ということは容易に想像できるものの、演じる人間にとってそれは非常に難しいことだということも容易に理解できる。

それでも、問われるのは美意識だ。

演じる人物の涙と汗も、演じた自分の血と汗もバサッと振り切り、なんでもない顔をして舞台に立つことのできる
そういう俳優に、私もなりたいものよのう。


自分で選んだ進路に後悔はないものの、夫とはお互いの稽古の過程を見ることができなくなり、それが少々残念だ。

無理くり絞り出したダメ出しは
「鼻濁音がわざとらしい」
であった。

2011年6月16日木曜日 0 コメント

ズレ


6月16日木曜日。

共演者の方より年賀状をいただく。

こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
あと半年だけど。
 
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