2011年12月14日水曜日 0 コメント

卯年は終われど



来年のカレンダーである。

耳のところとかしっぽとか目の周りの隈取りとか、これを作った人はきっとうさぎの何たるかを熟知しているに違いない、素晴らしい出来である。
台座に貼り付けたカレンダーが本当に申し訳程度なところもまたいい。

私たち夫婦のうさバカ度合いを熟知する後輩がわざわざ買ってきてくれたのだが、夫は自分で頼んでおきながらそれをすっかり忘れてプレゼントだと思い込み、お金を払わず持ち帰り挙句の果てにはお前からお礼のメールを送っておけと私に命じた。


どこのジャイアンだ。



2011年11月29日火曜日 0 コメント

渋谷SPACE EDGEにて



芝居を観てきた。

男芝居は面白い作品が多いが、作り手側がその男臭さに酔いしれてしまうと目も当てられない。

「男同士ってサイコーだよな!」とがっちりスクラムを組むその腕の隙間から、その様をまわりの女子がどう見ているのかをこっそり伺っているような、そんな中学男子みたいなニキビ芝居にお金を払えるほど、アラフォー主婦のお財布に余裕はないのよ。

と思うことがたまにあるが、それはこのパラドックス定数の話ではない。

女性であることが信じられない(夫談)ほど男性の心理を巧みに紡ぎだす作家と、意識の高い俳優陣からは、自己陶酔などというものは毛ほども感じられない。陶酔するのはあくまで観客である。
正解だ、と思う。

涼しい顔をして、時折小ネタなどはさみながら開演前のアナウンスをする女性が作演出のその人だと知った時、たいそう驚いた。
死ぬほどの生みの苦しみとか、思い入れとか思い込みとか、そういったものをすっぱりどこかに置いてきて
「どうぞご笑覧下さい」みたいなテンションで平然と客前に立っていた。ように見えた。
ああ、これまた正解だ、と思った。


芸術において正解はない、ということはなく、正解がいっぱいあるだけだ。なんてことはよく言われるが、
この集団の導き出す正解は、かなり難易度の高い方のそれだと思う。


「赤い炎より青い炎の方が温度は高いんです」
と、昔理科の先生が言っていた。
なんでかは忘れた。ただ、文系の脳にはそのフレーズだけがずっと残っている。

顔を炙られてもその瞬間は火傷に気づかず、すべてが終わってから、火ぶくれした顔を見て愕然とするみたいな、青い炎のような作品であった。
2011年10月21日金曜日 0 コメント

いただきジュエリー



夫が劇団経理のマダムからいただいてきたコーヒー豆チョコ3種を、かに屋のリニューアルの時にいただいてきたミニおひつにざらっとインしてみたら、癒しカラーの宝石箱が出来上がった。

こうした著しく彩度の低い色調に癒しを覚えるなどというと、暗い人だと思われたり、精神的にちょっとキてるんじゃないかと思われたりするかしら。でもね。

おいしそうな色が好きなだけなの。

そういった意味では卵の黄色なんかでもいいし、アボカドの緑なんかでもいい。

でもやっぱり香ばしく焼けた菓子や肉を連想させる、茶系のお色が一番はまるのだ。

見ているだけで胃袋が温まる、それこそが癒しなのだ。
2011年9月27日火曜日 0 コメント

ぶだう



夫がぶどうを持って帰ってきた。
後輩からのおすそわけだという。

その後輩にお礼を言っておけという夫に、現在取り組んでいる岸田國士戯曲的やり取りを期待して

あなたこそちやんとお礼は云つたの?

と聞くと

言ったに決まってんじゃんばーか

という返事が返ってきた。


さういふ仰り様では台無しぢやありませんか、あなた。
2011年9月6日火曜日 0 コメント

シアターグリーンにて


芝居を観てきた。

座長自らが「有象無象」と称するところの、出自もキャリアも異なる種々雑多な出演者たち。
本当にいろんな人がいて、博物館に来たような感覚を覚えた。

こういう舞台において、芝居は調和だアンサンブルだなどとケチくさいことはきっと言っていられない。

雑多さの中で、演者それぞれのバックボーンがありありと透けて見える。
なんてスリリングな。
一度はこういう中に身を投じてみたいものだ、と、客席にいながらにして思った。

2011年9月4日日曜日 0 コメント

9月の自由研究


きょう、きんじょのスーパーでアイスクリームをかいました。

わたしはおとななので、「あ、アイスがたべたいな」とおもったらだれのことわりもいりません。

「じこせきにん」でレジのおばさんおねえさんにお金をわたすと、おねえさんが小さいコインをくれました。

ドライアイスが出てくる機かいにこのコインをいれると、ドライアイスが出てくるというしくみの、コインなのだそうです。

「ふおっ」という音がして、出てきたドライアイスと、「じこせきにん」でかったアイスクリームをふくろにいれて、いえにかえりました。

いえにかえるとすぐに、アイスクリームを冷とう庫にいれて、ドライアイスをカップにいれて、カップに水をいれて、けむりがぶくぶくいうさまを、じっくりとかんさつしました。

わたしはおとななので、カップはきちんとたいねつせいのパイレックスのカップにして、テーブルのごうばんがはがれないようにタオルもしきました。

でも、カップとタオルがくっついてしまって、むりやりはがしたらタオルの毛が、すこしむしれてしまいました。

わたしは「わたしはなんてツメがあまいんだろう」と、ほぞをかみました。



2011年8月31日水曜日 0 コメント

中野劇場HOPEとシアター2+1にて



今日までに観たお芝居2本。

その間、見逃してしまったお芝居が3本。

その間、折れた肋骨が1本、ないし2本(←不明)。

感想を書くのが追い付かないが、たいそう面白く、そして興味深かった。

2本ともに、相手をまっすぐ見据える、ど正直な俳優の姿があった。

2011年8月12日金曜日 0 コメント

そうだ、宝くじを買おう。


先週と先々週、芝居を観てきた。

今週も、これから観に行く。

来週も再来週もその次の週も、その気になれば観劇の予定が入る状態だが、義理を立てれば生活が立たず。悩ましいところである。

きっかけは義理でもなんでもよくて、要は面白くて刺激的な演劇が観られればすべてはご破算になるのであるが、破産は避けたいところだ。

ひきこもり俳優がお外に出ようキャンペーンを鋭意実行中の今日この頃、演劇関係の出費がにわかにかさみだした。

さしずめ、演ゲル係数といったところか。

2011年7月14日木曜日 0 コメント

渋谷ギャラリー・ルデコにて


芝居を観てきた。

なんでも作・演出は20代の女性らしい。
アラフォー女子の描く世界観にどっぷり2か月浸かった直後の観劇だったので、目がチカチカした。

生活能力・宣伝能力ともにほぼゼロだがとてもいい芝居をする俳優さんが客演をするということで観に行ったのだ。

終演後、彼の所属劇団の主宰は観に来たのかと聞くと

「これからです。憂鬱です」

「今まで客演先の芝居を全然ほめられたことがないんです。憂鬱です」

「芝居がつまんないと、平気で最前列で足を揉みだしたりするんで辛いんです」

「いっそのこと用事でもできてキャンセルしてくれればいいのにと思います」

と言いながら、乾いた笑顔を浮かべていた。


とはいえ、芝居作りは肉食なくせに人間関係は至って草食な彼にとって、帰る場所があることは必要不可欠で、そのことは本人が誰よりよくわかっているのだと思う。

ちょっと、うらやましいなと思う、今日この頃である。


2011年6月25日土曜日 0 コメント

俳優座劇場にて


芝居を観てきた。

立ち退き期限をとうに過ぎたとあるビルの、もと戦災孤児の住人達が次々と自分のこととある人のことを語る。

聞いてんか聞いてんかと言って語る。

この芝居のハードルの高さの所以は、その膨大なセリフの量ではなく、だれが見ても幸せとは言えない自分の出自を、いかにカラリと語れるかということに尽きると思った。

問われるのは、美意識だ。

涙と汗にまみれた人生も、ひとたび他人に語ろうとすればきっと、自分でも驚くくらいの乾いた音声が出るのではなかろうか。
ということは容易に想像できるものの、演じる人間にとってそれは非常に難しいことだということも容易に理解できる。

それでも、問われるのは美意識だ。

演じる人物の涙と汗も、演じた自分の血と汗もバサッと振り切り、なんでもない顔をして舞台に立つことのできる
そういう俳優に、私もなりたいものよのう。


自分で選んだ進路に後悔はないものの、夫とはお互いの稽古の過程を見ることができなくなり、それが少々残念だ。

無理くり絞り出したダメ出しは
「鼻濁音がわざとらしい」
であった。

2011年6月16日木曜日 0 コメント

ズレ


6月16日木曜日。

共演者の方より年賀状をいただく。

こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
あと半年だけど。
2011年6月4日土曜日 0 コメント

手抜き前提


さて、炊いたタイ米がまだ余っている。

だので、なんとかの一つ覚えのようにまたカルディへ。

「プーパッポンカレー」なるものを購入。

温めて溶き卵を入れるだけ!
まるで永○園の簡単おかずシリーズのようだ。

要はかにたまカレーということらしい。

夫婦で楽しみたいところだが、万が一拒否られた時の保険としてマッシュルームソースも購入。

温めてパスタと混ぜるだけ!

○○するだけシリーズでこの稽古中を乗り切ってやろうかとふと思うが
高くつくからやめようと即座に思い直した。

2011年6月2日木曜日 0 コメント

戦隊ヒーローカレー


先日友人が送ってくれたジャスミンライス、友人によれば

「カルディに売っているレトルトのタイカレーをかけて食べるとおいしいです」

とのことだったので、律儀な私はまるまんま鵜呑みにしてカルディでレトルトタイカレーを買ってきた。

赤・黄・緑。
全種類コンプリートしたことでひとり悦に入る。

「お米は匂いが強いので、フライパンで炊いた方がいいです」

とのことで、これも鵜呑みにしてこれから人生初のフライパン炊飯にチャレンジするのだ。

食は文化、と称して台本読むのもそこそこにチャレンジするのだ。


2011年5月30日月曜日 0 コメント

タイとあんこ

やはり、持つべきものは友なのだ(少ないけど)。

お米メーカーに勤める友人が突如送ってくれたのは
・こめ油
・「ライスミルク」なる謎の飲料

それから、私がタイの芝居に出るということで
・過去のタイイベントの告知パンフ
・虫湧きに注意と書かれたタイの香り米
・タイ料理店ガイド(レシピ付き)

というかゆいところに手が届く内容の品々であった。

そんな友人は今日、Twitterにて
「こしあんが10kgあったら皆さんどうしますか?」
というアンケートを取っている。
切実な悩みらしい。

恩返しがてらズバッと解決してあげたいが、なんのイメージもわいてこない。

せめてつぶあんだったらねえ。

2011年5月25日水曜日 0 コメント

見習いたい


かたちが悪い分安いイチゴが出回るこの時期には、毎年このイチゴムースを作るのである。

3パック500円のイチゴの、傷んだ部分を惜しみなく切り捨て大胆につぶし、何かと混ぜたボウルごと大胆に冷蔵庫に投入し、冷え固まったら大胆にボウルからじかに頂く…のはさすがにアレなので、器に盛る。

色素・香料無添加とは思えないほど、見事な発色と香りである。
イチゴの個性は強烈だ、と毎年感心するのである。

2011年5月9日月曜日 0 コメント

物欲ついで

餅関連グッズ2種。

柔らかくして食べるかこんがり焼いて食べるか迷ってどっちも捨てがたく両方購入。

使いこなせば無駄遣いではない、と自分に言い聞かす。

2011年5月3日火曜日 0 コメント

西池袋スタジオPにて


芝居を観てきた。

とある劇団の主宰である高校の同窓生と、シナリオライター志望でとある有名書店のフリーターである高校の同級生という、やくざなメンバーにて観劇。

出演者も高校の同窓生だが、現役時代は友達の友達、という程度の認識でまったく接点がなかったし、まっとうな運動部男子だったのでまさか卒業後に役者になるだなんて予想もしていなかった。

不条理劇が苦手な私は、不条理な展開になるともれなく睡魔に襲われるというアクシデントに見舞われたが、おおむね楽しい時間を過ごせ、終演後もお決まりの飲み会で20年分の時間を一気に巻き戻すような、やくざながらも不惑に近づいた世代ならではの楽しい時間を過ごしたのであった。

2011年4月29日金曜日 0 コメント

物欲抑え難し



スマホ オン 解凍プレート

最近のウキウキショッピング夢のコラボである。

2011年4月26日火曜日 0 コメント

逡巡



電源ライトの青がとってもきれいだわあと接写してみて初めて、ボタンがえらく汚れていることに気づいた。

さらっと撫でただけでは落ちそうもないが、ごしごしこすると電源が落ちてしまうと思い、
だったらシャットダウンしてからこすればいいじゃんと思ったが、こすっているうちに勝手にまた電源がオンしてしまっても困ると思い、
あ、そうか、シャットダウンしてコンセント抜けばいいんじゃんということに思い当たるまでたいそう時間がかかってくたびれてしまったので掃除はまた今度にします。

2011年4月22日金曜日 0 コメント

ゴブリン



中国茶を飲むために発掘されたこれは、タンブラーではなくゴブレットという呼び方が合っているようだ。

怪しげゴブレットでごぶごぶと茶を飲むキャンペーン継続中。
こぶ茶ではないことが惜しまれる。

日舞のお師匠さんの引っ越しを手伝いに行ったときにせしめたものだということを思い出した。
もうすっかりご無沙汰だなあ。

ごぶさたゴブレット。
2011年4月20日水曜日 0 コメント

効能は後付けでよし


『中国茶は食事に合う』

なぜかデマだと信じて疑っていなかったのだが、どうやら本当のようだ。

下げ止まり気味の体重がどうにかなるかなとかそういう下心はさておき。

食器棚の奥から発掘された怪しげなタンブラーでいただいてます。
2011年4月15日金曜日 0 コメント

苦節五年



うちのグリコは

「お手」
と言うと

「撫でろ」
で返す

そういう芸ができます。
2011年4月12日火曜日 0 コメント

討ち取ったり



恒例になりつつある、レイトショーでのホラー鑑賞。

想定外の大きな余震と豪雨に見舞われたが、こういう時だけはど根性が発動し、いざ大泉へ討ち入りじゃ。
その場にホラ貝があったら絶対吹いたであろう高揚感とともに鑑賞。

感動をありがとう、ホプキンスたち。

すがすがしい気持ちで劇場を出ると、雨はすっかり上がっていた。
まるで憑き物が落ちたかのように。
2011年4月10日日曜日 0 コメント

37の春



投票用紙を受け取りひとりの名前だけ書いて終了、という極めてシンプルな選挙を終え会場を出ると、桜が咲いていた。

夜桜と呼ぶにはまだ早い、18:00の桜である。

学校に咲く桜を見ると、娘時代に片思いしていたイケメン男子がボタンを全部奪われた学ランの前をひらひらさせながら颯爽と歩く姿とか、そういったことどもを思い出してついついおセンチになるものだ。

ああ、時間ばかり
ついやしてた いたずらに

野口五郎の曲で一番好きなのは、19:00の街である。
2011年4月8日金曜日 0 コメント

ザ・スズナリにて


芝居を観てきた。

スズナリで芝居を観るのは久しぶりだ。
直接の知り合いではない方たちによる作品を観るのも久しぶり。

日頃の観劇無精を大いに反省させられる、面白い作品であった。

細かい感想はレビューブログに書こうと思うが、筆不精でもある(そして遅筆)のでいつまでかかることやら。

電車に乗るのもこれまた久しぶりであった。
変則ダイヤも薄暗い駅構内も初体験。
それにしても、いつから優先席でケータイをいじくりまわしてもいいことになったんだろうか。
これも変則ルールですかね。
2011年4月5日火曜日 0 コメント

ライフスタイル



最近こころがけていること?
そうねたとえば

飲食はトイレでする

かしら。

どうせ入れたそばから出ちゃうんだから、これはとっても合理的なライフスタイルだと思っているの。
皆さんにもおすすめしたいわ。
2011年3月30日水曜日 0 コメント

選択



ショートブレッドとかガレットとかいう呼び方をするらしい、厚めの焼き菓子が好物だ。
ふたつを手に取り、どっちにしようかなと考えるふりをしてどっちもレジに持っていくのだ。

大人買いという行為は、実はとても大人気のない行為なんだなと思った。

いい大人なのに、どちらかを選びきれない。
そんなことはままあるどころか、ほとんどがそうである。
まさに今もそうである。
2011年3月17日木曜日 0 コメント

続・享受する資格



未曾有の大災害、その翌日。


前日、この窓の背後の床は落下物で足の踏み場がなくなり
目の前の線路には数日間電車が通ることはなかった。


しかし、切り取られた風景は10日前と何ら変わることはない。

駅前の高層マンションも、高架化された線路も、林立する電信柱も、築40年超のこの団地も、いまだ揺れ続ける大地の上に、ひとまずは崩れることなく、流されることも燃え落ちることもなく、たっている。


変わらぬ風景、変わらぬ生活を享受する資格はきっと、誰もが持っている。
世の中の、ひとり残らず誰も彼もが。

我知らず手の中にあったはずのそれを不意に取り上げられて、断片だけでも掴もうと千切れそうに手を伸ばす人がいる。

我知らず手にしていたものの存在を、その重さを俄かに突きつけられ戸惑うことはあっても、不安という集団心理に流されて、自らそれを手放そうなどとは、決して考えるまい。
2011年3月1日火曜日 0 コメント

享受する資格



天気雨が降った日。

我が家の窓から見た練馬区石神井の風景はまだまだ空が広く、都心ではあまり見かけなくなった電信柱が総立ち。張り巡らされた電線が、どこかからどこかまで何かを運んでいる。

片側だけ高架になった線路には銀河鉄道999仕様の電車が走り、どこかから池袋までのどこかまで誰かを運んでいる。

何気ない風景が何気なく目に映る幸福は、いくらシャッターを切ってもそこに留まってはくれないのだ。
2011年2月22日火曜日 0 コメント

お勝手に勝手に












生まれてから6歳になる年までひとりっ子だった私は37になった今でも相当自分勝手であると自負しているが、生まれてから今までずっとひとりっ子である夫には到底かなわない。


先日も、瞬間湯沸かし器に勝手にモリスエを貼られた。


「なんで勝手にモリスエとか貼んの!?」
という私のリアクションで夫は満足したらしく
「もう剥がしてもいいよ」
と言うが、元器械体操部員としてはこの金メダリストをそうそう無下にも扱えない。


そこまで知っての狼藉か。図ったな貴様。
2011年2月18日金曜日 0 コメント

へその回転



あえてやらずともいいことをやりたくなることがある。

やらなくてもいいことなのだからささっと撫でる程度に、と思うのだがついくるくる回転させてしまったりするのがサガだ。

この回転の方向がもしもへそのこよりと反対方向だったらとしたら、私の体は真ん中からほどけてしまいやしないだろうか、ああ恐ろしい恐ろしい。


一度やりだすと止まらないのもサガだ。

部屋の掃除なども、ハウスダストで鼻水と一緒に脳まで流れ出しそうになっても、途中でやめることができない。


こういう話になると女性の5人に3人は血液型の話題に持っていこうとされるのでそんなときはいつも


B型ですけど何か?

と答えるようにしている。
2011年2月15日火曜日 0 コメント

いけずなことを



総重量3.2kgの製菓用チョコレートを仕入れる。

一年分にはまだ足らないのでバレンタイン当日に再び買いに行ったらすでに売り切れていて

「次の冬までお待ちください」と言われた。
2011年2月12日土曜日 0 コメント

きになる


築地で見かけたたわしツリー。

緑と茶の組み合わせには目がない方なので、もし豪邸に住んでいればぜひとも飾りたいところだ。


たわしって木になるんだ。

と誤解する子供がいたら

松ぼっくりの仲間なんだよ。

とそっと耳打ちしてあげたかったが、残念ながらいなかった。
2011年2月6日日曜日 0 コメント

炭酸キーパー川島


炭酸水を飲む生活を送るにあたって必要不可欠なこのアイテムが練馬区石神井では見つからないので、豊島区池袋で買ってきてと夫に依頼。

これで大きいサイズのペットボトルも心置きなく開栓できるというものだ。


そしてなんと、このアイテムではこんな実験もできるんだって。

『ペットボトルの中に雲をつくってみよう!』


ヒマだったらやってみよう。


それにしてもステキに丸いなあ。
私は実は丸フェチかもしれないなあ。

丸いものを集める生活もしてみようかなあ。
2011年2月4日金曜日 0 コメント

共白髪



動物でも、今まで白くなかった毛が白くなったら「白髪」なんだそうだ。そりゃそうだ。

かくいうわたくしもとうとう去年、初日の本番直前の楽屋というなんともバッドなシチュエーションで人生初白髪を発見し、つい先日も電車内で夫に発見され、これまでに通算2本の白髪を抜いた。

初老のうさぎの目の上のたんこぶならぬ白髪は見ているといかにも邪魔そうで
「これ、抜いてやった方がいいかな」
と夫は言うが、本人が全く無頓着なのでそのままにしてある。

白髪の一本や二本でおたおたしてんじゃないわよ

とでも言いたげな冷ややかな目元である。
2011年2月3日木曜日 0 コメント

きっかけは、もう忘れました。



そうだ、炭酸水を飲もう。

もとい、炭酸水を飲む人になろう。

はたとそう思いつき、近所の店を次々とまわり、各種購入。


今飲みたい、ではなく、飲む人になるのが目的なので、いろいろ飲み比べて味と価格のちょうど良い塩梅を探すつもりなのだ。


意気揚々とこれらをバイクに積んで帰路につき、家の前でバランスを崩し、バイクが七転八倒。
お水って重いのね。知らなかったわあとカマトトぶっても傷だらけのバイクはもう元には戻らない。


少々テンション下がり気味ながら買った水たちをテーブルに並べてみたら、炭酸水のボトリングはほとんどが飲みかけ?と思うような半端な量だということを発見し、なぜかふたたびテンションが上がった。
2011年1月31日月曜日 0 コメント

両国シアターΧにて












先週のことだが、芝居を観てきた。

ホラー映画同様、怪談話にも子供のころから興味があった。
ただし、牡丹燈籠も四谷怪談も番町皿屋敷も、化けて出てくるまでの経緯に大人の事情が盛りだくさんすぎて、子供にはいまひとつ理解不能だったことを覚えている。

この芝居は、牡丹燈籠の「化ける動機」が恨みではなく愛だという点で他の作品とは異彩を放っている、ということから上演するに至ったということであった。

女のくせに骨盤でものを考えるのが苦手なタチだ。
大人になった分少しはピンときたけれども、ともすれば愛とは何ぞやなどと頭で考えそうになり、そしてそんなこと考えている自分に照れちゃったりするのだ。
2011年1月29日土曜日 0 コメント

行間





かじってーかんでーのむ。

静止画の連続は、動画よりもある種味わい深いのではないだろうか。

『行間を読む』という、芝居においてもおとならしい日常生活においても常に求められる能力を、くすぐられるような気がする。

ぽり。しゃく、しゃく。という音まで聞こえてくるようではないか。
と、思わず目を細めるうさぎバカ一代なのだ。

グリコよりキャベツの芯(好物)の方にピントが合ってしまっているのはまあご愛嬌である。
2011年1月27日木曜日 0 コメント

撮りはじめ



旧デジカメを偲ぶ舌の根も乾かぬうちに、新しいデジカメでグリコを撮影。

高速連写でパラパラマンガのごとくおびただしい数のおんなじような写真が撮れるわけだが、注意深く確認していくとこんな舌ペロリ画像が。

こういうのが、こういうのが撮りたかったんだよーん。
と、小躍りして喜んだのは言うまでもない。
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撮りおさめ












最近した買い物、たこ焼き器とデジカメのツーショットである。

旧デジカメの最後の仕事がこんなシュールな画だなんてね、と思いながらシャッターを切ろうとしたら、なぜかピントが合わない。

シャッターボタンがちょっとバカになりかけてるな、と思いながらだましだましやってきたが、まるで新しいデジカメの到着を待つようにして、最期の時を迎えたようだった。

元来写真無精のため長らく放置していたこのデジカメも、ブログなんぞを始めたここ一年半くらいの間は老体に鞭打って頑張ってくれた。


ありがとう、ありがとう。カ○オEXILIM 型番EX-Z40。
2011年1月25日火曜日 0 コメント

丸茶












丸くて茶色い=おいしそうの法則。

丸い焼き菓子を作りたくてたこ焼き器を買った。

本日は2回目の挑戦。
生地の配合を変えてみたらお味はまずまずだが、形がまだまだ。
目指すは完璧な球形なのだ。

夜になって、せっかくだからとたこ焼きも焼いてみた。
夫と一緒にうひゃうひゃ言って焼いた。
こちらは見事に丸くなって、生半可な屋台よりよっぽどおいしかったのでびっくりした。


丸いはうまい。
茶色いはうまい。

グリコを見ていてもそう思う。
2011年1月21日金曜日 0 コメント

チェコの安売物語












500g100円台前半を目安に、いろいろなパスタを試すこと数年。

どうも納得がいかず徐々にハードルを上げて行き、結局落ち着いたのが「ディ・チェコをセール時にまとめ買い」であった。

廉価になりやすいのは10番のフェデリーニか11番のスパゲッティーニなのだが、先日、定価でもあまり見かけたことがなかった12番を発見。即座にまとめ買いである。

昔懐かしい太さ。それでいてコシがある。
讃岐うどんを初めて食べた時の感動をちょっとだけ思い出した。
今後も愛用したい(安ければ)。

私がパスタ好きになったのは初めてのアルバイトの賄いがおいしかったからで、そこで使われていたのがディ・チェコの麺だったからだ。

もう二十年も前の刷り込みだ。
2011年1月18日火曜日 0 コメント

不機嫌な駄洒落


 
朝も早よから病院へ行ってきた。
めでたく5歳を迎えたグリコの定期健診である。

あたしゃどこも悪くないしこの部屋から一歩も出たくないんだよ!

医者嫌いの老婆を無理やり連れ出したので、帰宅後は疲労困憊。
トイレの縁を枕に放心状態である。

手前に置かれた一粒の●は、もうほっといてよフンだ!という意味だろうか。
フンだけに。
2011年1月15日土曜日 0 コメント

カツラ


 
流行り物にはたいてい乗り遅れるタチである。

正月準備の買い物かごに何気なく紛れ込ませてみた食べるラー油(もちろん桃屋ではない)は案の定普通においしかった。

その桃ラーではないラー(しいて言うならSBラー)を完食する前に夫が高知へ旅立ち、土産に買ってきたのがこのかつおラー油、かつラーであった。

普通においしかった。

ごま油とにんにくは我が家の料理にもたびたび登場する鉄板食材であるからして、もうなんにだって合うのだ、間違いない。ブームはもうしばらく続くだろう。

これからも各地で様々なラー旋風が巻き起こるかと思うと、ちくと楽しみである。
2011年1月10日月曜日 0 コメント

カフェグリコ


松の内も明け、正月気分などもうどこへやらである。

年賀状だけでは飽き足らず、寒中見舞いにもグリコ。
寒い冬にグリコの押し付け、もといおすそ分け。
うさぎの体温は40℃、とってもあったかなんですよーだ。

注)うさぎはコーヒーにはもちろん、おふろにも入りませんので、決してマネしないでください。

しないか。
2011年1月8日土曜日 0 コメント

わいのじ


あごを安置した状態でのなでなでがこの上なくお好きなご様子だ。

全開の鼻の穴からはすぴすぴと至福の鼻息が漏れている。

なんでもないようなことが、しあわせだと思う、ある深夜のグリコ改めグリの字。
と、その飼い主。
2011年1月5日水曜日 0 コメント

シャーロック・ホームズ

イギリスが、なんか好きだ。


行ったこともないし行く予定もないし、詳しいことはほんとよく知らないんだけど、移住するならイギリスなのだ。

洋画も洋楽も人より触れる機会は少ない方だと思うが、なんかしっくりくるなあ、と思うとそれは大概イギリス人が作ったものなのだ。島国根性が共鳴するのだろうか。

テキサスの暴れ馬より断然英国紳士なのだ。

流行りの柔軟剤のような名前の俳優が扮するシャーロック・ホームズは確かに型破りかもしれないが、常日頃私が勝手に夢想している英国紳士の、インテリジェンスとかなんかいろいろイケてる要素はしっかりと脈打っていてとってもかっちょよかった。

それにしても、イケてるおっさんのコンビというのは萌え要素満点だなあ。
観賞後、気分はすっかり腐女子であった。
2011年1月1日土曜日 0 コメント

うさぎ小屋の年明け



2010年の大掃除は、さほど大きな悔いはなく終えることができた。

マジックリン、激落ちくん、黄・桃・緑のマイクロファイバークロス各氏の健闘をたたえたい。


住めば都。
芸術的に表現すればデッサンが狂っている、とも言える扉の建てつけの悪さも、築40年超の歴史のなせる業だと思えば、逆に味わい深いものなのである。

こうして自分をだましだまし、ひとは大人になってゆくのだなあ。
 
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